「開催履歴」更新
トップページ上部「開催履歴」のページを更新しましたので、過去の内容を知りたい方はどうぞご覧になってみて下さい。
参考までに、過去のtogetterリンク貼っておきますので、こちらもぜひ!
[Lehrstucke 06]
[Lehrstucke 07]
[Lehrstucke 08]
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告知遅れて申し訳ありません。
次回[Lehrstucke]は7/31、14:00〜18:00@早稲田大学学生会館W504です。
取りあげる映画はM・ナイト・シャマランの『エアベンダー』とミア・ハンセン=ラブの『あの夏の子供たち』です!
まだ見てないのですが危険な香りも漂ってくるシャマランの『エアベンダー』と幸福感溢れるミアの『あの夏の子供たち』という異色感丸出しの組み合わせからどんな話が出てくるのかまったく想像できません。とっても楽しみ!
取り急ぎの告知とさせて頂きましたが、多くの皆様の参加をお待ちしております。初めての参加希望の方は「連絡」ページよりお願いします。ではまた土曜日に。
うっかりしてたら、『あの夏の子どもたち』の恵比寿ガーデンシネマでの上映は、本日の19時が最終とのこと。
まだ見てない方、どうか間に合いますよう。
先日〔lehrstucke〕のフライヤーを作って頂いた降矢さんから講演会 の告知を頂きました。 早稲田で行われるゴダールシンポと合わせてぜひどうぞ。以下詳細です。 どうもご無沙汰しております。 降矢です。 この度、第四回目になるのですが、建築家、鈴木了二氏と行っている 建築と映画のゼミの発表会が開催されることになりました。 ぜひ、お時間があればお越し下さるとうれしく思います。 講演会の前や後には、東京国立近代美術館の展覧会も ご覧になれます。 鈴木了二の他には 伊東豊雄、内藤廣、アトリエ・ワン、菊地宏、中村竜治、中山英之 といった日本を代表する建築家の、建築とはひと味違った作品を 観ることが出来ると思います。 以下、詳細です。 東京国立近代美術館、「建築はどこにあるの? 7つのインスタレーション」鈴木了二講演会のお知らせ 日程:2010年7月17日 時間:14:00-15:30 場所:東京国立近代美術館講堂(地下一階) http://www.momat.go.jp/Honkan/where_is_architecture/index.html ※聴講無料。申込不要(着席140名、当日朝10:00より整理券を配布します) お問合わせ:東京国立近代美術館/03-5458-0548(平日11:00-18:00) 鈴木了二研究室/ 080-3597-5603
すっかり遅くなってしまったのですが、Lehrstucke08、盛況の内に終わり、うれしい限りです。おかげさまで、その日は気持ちよく眠りました。今回発表の中山君+私、お疲れ様!!(笑)
また、発表後の議論も盛り上がり、個人的には、大寺先生の半過去の話や工藤君の写真の指摘、中山君の原作への言及など、非常に刺激になりました。
さらに、大寺先生がTwitterにて、『アウトレイジ』の分析をまとめてくださっていることに、驚き。参加できなかった皆さん、是非読んでみてください。当日の大寺先生の速度感をも存分に伝える、内容の濃いものと思いました。先生、有難うございます!
読ませていただきまして、二つ質問があります。
①『HANABI』以降が「日本的ロマンチシズム」という方向性という指摘ですが、『TAKESHIS’』と『監督ばんざい』もその方向に含まれるのでしょうか?どちらも一回見ただけの印象なのですが、この二作については、「日本的ロマンチシズム」というよりも「自己言及的」という側面が強く、しかし、その方向を掘り進めていった結果、自己と他者が無限に分裂していき、自己言及の閉鎖性を突き崩して、逆に広大なカオスを作ってしまう、そういうダイナミックな運動があるのではないか、と思いました。
②『アウトレイジ』の核となる運動として、俯瞰と横移動が指摘されており、その点は非常に納得しました!そこで気になったのは、その両者の違いです。個人的には、横移動が人物の内面の否定に寄与していて(オープニングの顔が、横移動によって顔の陳列に見える。各々の感情を読み取る間を、移動によって消し去る)、一方、俯瞰は外部からの視点・人物の組み合わせとしての映画の性格を示している気がしました。しかし、そう一概に言えないかもしれないとも思うし、、、疑問です。
次回Lehrstucke、または、お時間がありましたらコメントにて、お話を聞けたら嬉しいです。
そして次回、天野さんと工藤君の発表、楽しみにしております。詳細は以下です。
・次回:7月31日です!
・場所:早稲田大学学生会館(部屋未定)
・題材:ナイト・シャマラン『エアベンダー』(工藤君)
ミア・ハンセン=ラヴ『あの夏の子供たち』(天野さん)
最後に、今回の自己紹介にて、オリヴィエラの『コロンブス〜』について私が「風景に言葉を、思い出を付与し溶け込ませる映画」という話をしたところ、工藤君から「『風景』とはどういう意味か?」という質問がありました。この時は「人物の周囲にあるもの」くらいに答えたのですが、あれからまた考えました。まず重要なのは、風景における時間だと思います。風景は空間の一種ですが、そこでの時間の流れは、人間・登場人物と比べ、遙かに緩慢です。あの映画の多くのシーンが、風景の引きで始まり、そこに人物たちが遠くから入ってくる。そして、カットが寄りになり会話が展開し、再び風景に戻る、という構成になっていました。海や田舎や都会のビルといった風景が、物質的な、緩慢な時間の流れを示し、そこに人間が介入し、そして、去っていく、という構成です。そして人間が去った後、ふたたび風景が回帰する。この時の風景はそれまでの会話が刻み込まれた後、という感じがする。画面に直接、会話の痕跡が残っているわけではないのですが、しかし観客は、そのような会話が起こった場所として、風景を捉えるようになっている。「国破山河在」という文句があるけれど、あれも単なる廃墟の風景ではなくて、風景というものがその空間の過去(国の栄華)を内包していて、その豊かさを回想によって開くことが問題になっているのではないか。そして、風景が過去を内包しうるのは、やはりその時間の悠久さにあるわけで、せわしなく生き、老いて、去っていく人間をどうやって風景を通じて空間に刻印するかが、あの映画の中心ではなかったかと。コロンブス自身もまた、アメリカ大陸という新しい空間を切り開いた人物であると同時に、そこに住んだ人物、つまり新しい空間に自分を定着させようとした人物でもある。映画の最後が、コロンブスの住んでいた場所であることも示唆的です。
つまり、工藤君の質問に戻るならば、ます「風景」とは、人間がそこに介入し、去っていく空間である。そして、それは時間の悠久の流れを有しているので、あらゆる介入した人間の過去を内包しているし、これからもしうるだろう。よって、無限に豊かなものである。
大まかなところ、こんな感じです。最近、散歩が好きになったのもその影響かしらん。
↑ このような良い具合のフライヤーを、降矢さんがデザインしてくださいました!
ありがとうございます。非常に好評でした!
ちなみに裏面には↓このようなLehrstucke公式ロゴ(鈴木夏子氏謹製)が載っております!
これも好評でした!

[Lehrstucke08]は今週末の土曜日、6月26日に開かれます!!
場所は早稲田大学学生会館W507、時間は14:00~18:00です。
今回取りあげる映画は北野武監督作品『アウトレイジ』とローラン・カンテ監督作品『パリ20区、僕たちのクラス』の二本。担当者による発表の後、参加者全員でのディスカッションへと移っていきます。
ことコミュニケーションに関して言えば両極端の映画二本ですので、当然ディスカッション時も映画の内容に沿う形で、一方ではひたすら怒鳴り合いが起こり、他方では徹底的に論理的なせめぎ合いが繰り広げられる、という光景が見られることは必至・・・・かどうかは解りませんが、どちらも面白い映画でしたので、どんな話が出るのか非常に楽しみです。
北野武が久方ぶりに手がけたヤクザ映画『アウトレイジ』は、多くの人が「最高傑作!」「武復活!」といった声をあげていますが、武自身は「復活」とだけは捉えて欲しくないらしい。では仮に『アウトレイジ』は新しいとしたら、それはどの点においてなのでしょうか。あるいは北野武のフィルモグラフィーの中において『アウトレイジ』はどう位置づければ良いのでしょうか。個人的には武自身が「キュビズム3部作」と呼ぶ、直近の3作品について他の方がどう考えているのかも聞いてみたいです。
ローラン・カンテは大寺さんのシネクラブで一度取りあげたことがある、という話をお聞きしましたが、作品のソフト化も日本ではされていないようなので今回の『パリ20区、僕たちのクラス』が初めて見る彼の作品という方が大半なのではないでしょうか。教師と生徒たちがとっても魅力的に描かれていて面白い映画でしたが、この作品の良さをどう言葉にすればいいのだろうかとも思いました。被写体そのものの魅力が映画の魅力となっていて、それを「素晴らしい」とか「あの子面白い」とか同語反復的に褒めるしかないような気がしてしまいました。果たして当日はどんな切り口から議論が飛び出すのか!
毎回新しいメンバーが何人かは参加していますので、初めての方も大歓迎です!学生の方でも、社会人の方でもぜひいらっしゃってください!参加をご希望の方は「連絡」ページよりお願いします。
では皆様のご参加をお待ちしております。
本日は大寺さんのシネクラブです!
今からでも遅くありません、お時間ある方はぜひ横浜へ!
以下、Dravidian Drugstore(http://blog.ecri.biz/?p=1164)より引用
今週末6月12日(土)は、横浜日仏学院シネクラブです。
@東京藝術大学・馬車道校舎。
シャブロル特集第3回として、2007年作品『まっぷたつの少女』La fille coupee en deuxを上映します。リュディヴィーヌ・サニエ、ブノワ・マジメルといった豪華スターを配したこの作品は、女一人男二人による三角関係を描いたラブロマンスであり、登場人物たちのキャラクターの微細な探究であり、そしてシャブロルとしてはいつものように、危うい均衡が一気に崩れるまでの緊張感を追求したサスペンスでもあります。
華やかで、面白くて、物語的にも深みのあるこの作品が何故日本で公開されていないか全く理解できませんが、ともあれ、スクリーンで味わうことのできる、おそらく日本では初めてのチャンスになります。
英語字幕ですが、詳細な日本語あらすじも作成しておきます。
是非、シャブロルの素晴らしさを堪能していただき、周りのお友達にも広めてください。上映後は、わたしの方でいつものようにトークを担当させていただきます。
今回もまた、DVDによる参考上映付き。
どうぞ、よろしくお願いします。詳細は、以下のサイトもチェックしてください。
http://www.institut.jp/ja/evenements/978620010年06月12日(土) 18時00分-21時00分
会員 : 600円
一般 : 1,200円
芸大生:無料
場所 : 東京藝術大学(横浜・馬車道校舎)大視聴覚室
お問い合わせ
横浜日仏学院(045-201-1514)『まっぷたつの少女』La fille coupee en deux
(フランス=ドイツ/2007年/115分/DVD/カラー/英語字幕付き)
監督・脚本:クロード・シャブロル
出演:リュディヴィーヌ・サニエ、ブノワ・マジメル
テレビ局のお天気キャスターのガブリエルは、著名な初老の小説家シャルルと不倫の恋に落ちる。一方、彼女に言い寄ってくる大富豪の息子ポールがいて…。上映後、大寺眞輔による講演あり。
ということで角尾ですが、工藤君に催促されつつも、いやいや「人はそれぞれのリズムでの鼓動をつづけなければならないーどのようなことがあろうと」とヘンリーから言付かりまして、そりゃもう、鼓動を聞け!それから動け!と叫ぶより他なしだったのであります。
と、言い訳をしてすみません、、、いやしかし、皆さん!是非是非、ヘンリーをよろしくお願いしたい!『南回帰線』が初めは良いかと思います。全ての文がそれのみで既に素晴らしく、それで埋め尽くされたページのエネルギーも輝き、そして全体が諸物語の本流となってうねり濁流する!あらゆる物語が恐ろしい勢いで、脈絡なく突如眼前に迫り、去る。人生。そして、去りゆくものへの憧憬・回想・愛がこれまたすんばらしい。回想の美しさ・切なさでは、ウディ・アレンと通ずる美しさがあります。「激流=人生」という点でも、ウディ・アレンのとくに初期作(バナナとか)の放浪っぷりと相通じているんではないでしょうか?誰か共感する人はいないか知らん。
さて、そのヘンリーは、裏舞台のアメリカを存分に書き尽くすのですが、そんな裏アメリカ、つまり、メディアなど表向きのアメリカイメージに出てこないアメリカを描いていた映画を最近観ました。『プレシャス』という題名でして、今渋谷のシネマライズでやってます。普段見ないものを観る、というのも映画ならではの体験としてありますが、そういった好奇心を満たしてくれるところがこの映画にはあります。あ、アメリカにも、あの猥雑な高田馬場駅高架下みたいな場所ってあるんだなあとか、この街のなんか怖い感じは綾瀬とか足立区辺りの怖さと似てるな、しかしアメリカも汚いなあ、汚い場所があって、汚い貧民が、汚く生活しているのだなあ。あとやっぱり、アメリカのデブは宇宙的観点からしてのデブ、くらいの次元だなあ。しかし!それは否定的に言っているのでは全くなく、むしろ生命力に溢れている感じがするのです!とくに主人公の母親!ネタバレになるので詳しくは言いませんが、醜く屈折した心根の彼女は、主人公プレシャス(すんごい太ってます)を毎晩物凄い勢いで詰る詰る、しかもそれが毎晩言っているからネタも尽きてくるのだが、それでも繰り返し、終いにはリズムを刻み始めるほど。罵詈雑言を吐きつづけるその姿は、醜さを抽象的な次元にまで拡大しつつ、人間がいるという具象的リアルも獲得していて、素晴らしい。しかもそんな狂った母親を、主人公はただただ、階段の上から見下ろしている。その異様な構図。インパクトあり。
他にも、プレシャスの通うことになる代替学校にも、ろくでもない女どもが通っているのですが、彼女たちがまた愛しいのであります。授業に来るなり帰ると言い出す淫乱女。ケンカでも他人の不幸でも何でも笑う躁病女などなどですが、しかし、一人一人個性が光っていて(ヘンリー!)、社会の周辺・下層に位置する人たちの豊かさが垣間見られる気がする。また、自身の「逆境(そう思うのは我々の解釈にすぎないが)」にもかかわらず、彼女らはすぐに笑い出す。それも良いし、出産のため入院した主人公を見舞いにきた子も「あきたから帰る」といってすぐに病院を後にする、その竹を割ったような清々しさも良い。だからこそ、彼女たちの生い立ちや現状が、たぶん時間の都合でしょう、削られているのが残念でした。もっと観たいと思った。その分、主人公プレシャスが際立っているのですが。
主人公プレシャスには、これでもかと可能な限りの不幸が見舞うのですが、それがお涙頂戴にもならず、かといって全く人情を廃したものになるでもない。プレシャスの病的に太って陥没した、二つの黒点と成り果てた目、およびその膨れきった仏頂面に、それらの不幸は反映し、その顔の苦悶とコミカルさを受けとって、生きる者の体験として観客に伝わってくる。さっきの詰り狂う母親も、プレシャスの呆然とした見下しが在ってこそ、リアルだったのではないか。一人で喚いていてもリアルとは映らないし、ただ単に狂っている、としか見えないだろう。
あと、詳しくは申しませんが、階段からテレビが落ちるシーンがあって、ここのアクションも凄かったです。当然、例の狂った母親が絡んでますので、なおさら。
興味を持った人は是非!感想、聞かせてくださいな。あと、ヘンリーもよろしう!
最後に、皆さんも観た映画などありましたら、感想を載せてみては?是非!きっとコメントが来たりして、面白いことになるかと。書くだけでも、私は随分と楽しんでしまった!失礼!
角尾
次回[Lehrstucke 08]は
6月26日(土) 14:00~18:00、
早稲田大学学生会館W507にて開催します!
『アウトレイジ』と『パリ20区、僕たちのクラス』について、参加者全員であれこれ話します。
ぜひお越しください~!
あと、メンバーの鈴木夏子に、「ロ」で始まって「ゴ」で終わる素敵な何かをデザインしてもらったので、その決定発表(投票?)もあるかもしれません。こちらもお楽しみに。