7月
28
2010
石田 晃人
告知遅れて申し訳ありません。
次回[Lehrstucke]は7/31、14:00〜18:00@早稲田大学学生会館W504です。
取りあげる映画はM・ナイト・シャマランの『エアベンダー』とミア・ハンセン=ラブの『あの夏の子供たち』です!
まだ見てないのですが危険な香りも漂ってくるシャマランの『エアベンダー』と幸福感溢れるミアの『あの夏の子供たち』という異色感丸出しの組み合わせからどんな話が出てくるのかまったく想像できません。とっても楽しみ!
取り急ぎの告知とさせて頂きましたが、多くの皆様の参加をお待ちしております。初めての参加希望の方は「連絡」ページよりお願いします。ではまた土曜日に。
早稲田大学文化構想学部3年。表象・メディア論系所属。
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7月
24
2010
kudokan
またもや告知がぎりぎりになってしまいましたが、本日18時より横浜日仏シネクラブです!
http://blog.ecri.biz/?p=1195
めったに上映されることがないミア・ハンセン=ラヴの長編デヴュー作『すべては許される』上映+大寺さんのトーク!
次回レールシュテュックでもミア・ハンセン=ラヴの新作『あの夏の子どもたち』について話をする予定ですので、前作もこの機会にぜひ。
Author: 工藤鑑
早稲田大学文化構想学部在籍中、文芸批評専攻。 [Lehrstucke]の主宰というか、運営をしています。ところどころで映画批評を書いています。 映画批評サイト[flowerwild]に
『パイレーツ・ロック』論を寄稿させていただきました。
ブログはこちら。
特集上映「未来の巨匠たち」に際し、三宅唱監督作品についての短評を寄稿させていただきました。
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7月
16
2010
kudokan
うっかりしてたら、『あの夏の子どもたち』の恵比寿ガーデンシネマでの上映は、本日の19時が最終とのこと。
まだ見てない方、どうか間に合いますよう。
Author: 工藤鑑
早稲田大学文化構想学部在籍中、文芸批評専攻。 [Lehrstucke]の主宰というか、運営をしています。ところどころで映画批評を書いています。 映画批評サイト[flowerwild]に
『パイレーツ・ロック』論を寄稿させていただきました。
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7月
13
2010
石田 晃人
先日〔lehrstucke〕のフライヤーを作って頂いた降矢さんから講演会
の告知を頂きました。
早稲田で行われるゴダールシンポと合わせてぜひどうぞ。以下詳細です。
どうもご無沙汰しております。
降矢です。
この度、第四回目になるのですが、建築家、鈴木了二氏と行っている
建築と映画のゼミの発表会が開催されることになりました。
ぜひ、お時間があればお越し下さるとうれしく思います。
講演会の前や後には、東京国立近代美術館の展覧会も
ご覧になれます。
鈴木了二の他には
伊東豊雄、内藤廣、アトリエ・ワン、菊地宏、中村竜治、中山英之
といった日本を代表する建築家の、建築とはひと味違った作品を
観ることが出来ると思います。
以下、詳細です。
東京国立近代美術館、「建築はどこにあるの?
7つのインスタレーション」鈴木了二講演会のお知らせ
日程:2010年7月17日
時間:14:00-15:30
場所:東京国立近代美術館講堂(地下一階)
http://www.momat.go.jp/Honkan/where_is_architecture/index.html
※聴講無料。申込不要(着席140名、当日朝10:00より整理券を配布します)
お問合わせ:東京国立近代美術館/03-5458-0548(平日11:00-18:00)
鈴木了二研究室/ 080-3597-5603

早稲田大学文化構想学部3年。表象・メディア論系所属。
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7月
2
2010
tunoo
すっかり遅くなってしまったのですが、Lehrstucke08、盛況の内に終わり、うれしい限りです。おかげさまで、その日は気持ちよく眠りました。今回発表の中山君+私、お疲れ様!!(笑)
また、発表後の議論も盛り上がり、個人的には、大寺先生の半過去の話や工藤君の写真の指摘、中山君の原作への言及など、非常に刺激になりました。
さらに、大寺先生がTwitterにて、『アウトレイジ』の分析をまとめてくださっていることに、驚き。参加できなかった皆さん、是非読んでみてください。当日の大寺先生の速度感をも存分に伝える、内容の濃いものと思いました。先生、有難うございます!
読ませていただきまして、二つ質問があります。
①『HANABI』以降が「日本的ロマンチシズム」という方向性という指摘ですが、『TAKESHIS’』と『監督ばんざい』もその方向に含まれるのでしょうか?どちらも一回見ただけの印象なのですが、この二作については、「日本的ロマンチシズム」というよりも「自己言及的」という側面が強く、しかし、その方向を掘り進めていった結果、自己と他者が無限に分裂していき、自己言及の閉鎖性を突き崩して、逆に広大なカオスを作ってしまう、そういうダイナミックな運動があるのではないか、と思いました。
②『アウトレイジ』の核となる運動として、俯瞰と横移動が指摘されており、その点は非常に納得しました!そこで気になったのは、その両者の違いです。個人的には、横移動が人物の内面の否定に寄与していて(オープニングの顔が、横移動によって顔の陳列に見える。各々の感情を読み取る間を、移動によって消し去る)、一方、俯瞰は外部からの視点・人物の組み合わせとしての映画の性格を示している気がしました。しかし、そう一概に言えないかもしれないとも思うし、、、疑問です。
次回Lehrstucke、または、お時間がありましたらコメントにて、お話を聞けたら嬉しいです。
そして次回、天野さんと工藤君の発表、楽しみにしております。詳細は以下です。
・次回:7月31日です!
・場所:早稲田大学学生会館(部屋未定)
・題材:ナイト・シャマラン『エアベンダー』(工藤君)
ミア・ハンセン=ラヴ『あの夏の子供たち』(天野さん)
最後に、今回の自己紹介にて、オリヴィエラの『コロンブス〜』について私が「風景に言葉を、思い出を付与し溶け込ませる映画」という話をしたところ、工藤君から「『風景』とはどういう意味か?」という質問がありました。この時は「人物の周囲にあるもの」くらいに答えたのですが、あれからまた考えました。まず重要なのは、風景における時間だと思います。風景は空間の一種ですが、そこでの時間の流れは、人間・登場人物と比べ、遙かに緩慢です。あの映画の多くのシーンが、風景の引きで始まり、そこに人物たちが遠くから入ってくる。そして、カットが寄りになり会話が展開し、再び風景に戻る、という構成になっていました。海や田舎や都会のビルといった風景が、物質的な、緩慢な時間の流れを示し、そこに人間が介入し、そして、去っていく、という構成です。そして人間が去った後、ふたたび風景が回帰する。この時の風景はそれまでの会話が刻み込まれた後、という感じがする。画面に直接、会話の痕跡が残っているわけではないのですが、しかし観客は、そのような会話が起こった場所として、風景を捉えるようになっている。「国破山河在」という文句があるけれど、あれも単なる廃墟の風景ではなくて、風景というものがその空間の過去(国の栄華)を内包していて、その豊かさを回想によって開くことが問題になっているのではないか。そして、風景が過去を内包しうるのは、やはりその時間の悠久さにあるわけで、せわしなく生き、老いて、去っていく人間をどうやって風景を通じて空間に刻印するかが、あの映画の中心ではなかったかと。コロンブス自身もまた、アメリカ大陸という新しい空間を切り開いた人物であると同時に、そこに住んだ人物、つまり新しい空間に自分を定着させようとした人物でもある。映画の最後が、コロンブスの住んでいた場所であることも示唆的です。
つまり、工藤君の質問に戻るならば、ます「風景」とは、人間がそこに介入し、去っていく空間である。そして、それは時間の悠久の流れを有しているので、あらゆる介入した人間の過去を内包しているし、これからもしうるだろう。よって、無限に豊かなものである。
大まかなところ、こんな感じです。最近、散歩が好きになったのもその影響かしらん。
東京大学大学院アジア文化研究専攻所属。ツタンカーメン伝説の双子、トタンカーメン発掘に挑み、失敗し、破産。詮方なくもカイロに流れ、なけなし200円で観たエジプト映画に感動し、転向、今に至る。
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6月
26
2010
kudokan
↑ このような良い具合のフライヤーを、降矢さんがデザインしてくださいました!
ありがとうございます。非常に好評でした!
ちなみに裏面には↓このようなLehrstucke公式ロゴ(鈴木夏子氏謹製)が載っております!
これも好評でした!

Author: 工藤鑑
早稲田大学文化構想学部在籍中、文芸批評専攻。 [Lehrstucke]の主宰というか、運営をしています。ところどころで映画批評を書いています。 映画批評サイト[flowerwild]に
『パイレーツ・ロック』論を寄稿させていただきました。
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6月
22
2010
石田 晃人
[Lehrstucke08]は今週末の土曜日、6月26日に開かれます!!
場所は早稲田大学学生会館W507、時間は14:00~18:00です。
今回取りあげる映画は北野武監督作品『アウトレイジ』とローラン・カンテ監督作品『パリ20区、僕たちのクラス』の二本。担当者による発表の後、参加者全員でのディスカッションへと移っていきます。
ことコミュニケーションに関して言えば両極端の映画二本ですので、当然ディスカッション時も映画の内容に沿う形で、一方ではひたすら怒鳴り合いが起こり、他方では徹底的に論理的なせめぎ合いが繰り広げられる、という光景が見られることは必至・・・・かどうかは解りませんが、どちらも面白い映画でしたので、どんな話が出るのか非常に楽しみです。
北野武が久方ぶりに手がけたヤクザ映画『アウトレイジ』は、多くの人が「最高傑作!」「武復活!」といった声をあげていますが、武自身は「復活」とだけは捉えて欲しくないらしい。では仮に『アウトレイジ』は新しいとしたら、それはどの点においてなのでしょうか。あるいは北野武のフィルモグラフィーの中において『アウトレイジ』はどう位置づければ良いのでしょうか。個人的には武自身が「キュビズム3部作」と呼ぶ、直近の3作品について他の方がどう考えているのかも聞いてみたいです。
ローラン・カンテは大寺さんのシネクラブで一度取りあげたことがある、という話をお聞きしましたが、作品のソフト化も日本ではされていないようなので今回の『パリ20区、僕たちのクラス』が初めて見る彼の作品という方が大半なのではないでしょうか。教師と生徒たちがとっても魅力的に描かれていて面白い映画でしたが、この作品の良さをどう言葉にすればいいのだろうかとも思いました。被写体そのものの魅力が映画の魅力となっていて、それを「素晴らしい」とか「あの子面白い」とか同語反復的に褒めるしかないような気がしてしまいました。果たして当日はどんな切り口から議論が飛び出すのか!
毎回新しいメンバーが何人かは参加していますので、初めての方も大歓迎です!学生の方でも、社会人の方でもぜひいらっしゃってください!参加をご希望の方は「連絡」ページよりお願いします。
では皆様のご参加をお待ちしております。
早稲田大学文化構想学部3年。表象・メディア論系所属。
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6月
12
2010
kudokan
本日は大寺さんのシネクラブです!
今からでも遅くありません、お時間ある方はぜひ横浜へ!
以下、Dravidian Drugstore(http://blog.ecri.biz/?p=1164)より引用
今週末6月12日(土)は、横浜日仏学院シネクラブです。
@東京藝術大学・馬車道校舎。
シャブロル特集第3回として、2007年作品『まっぷたつの少女』La fille coupee en deuxを上映します。
リュディヴィーヌ・サニエ、ブノワ・マジメルといった豪華スターを配したこの作品は、女一人男二人による三角関係を描いたラブロマンスであり、登場人物たちのキャラクターの微細な探究であり、そしてシャブロルとしてはいつものように、危うい均衡が一気に崩れるまでの緊張感を追求したサスペンスでもあります。
華やかで、面白くて、物語的にも深みのあるこの作品が何故日本で公開されていないか全く理解できませんが、ともあれ、スクリーンで味わうことのできる、おそらく日本では初めてのチャンスになります。
英語字幕ですが、詳細な日本語あらすじも作成しておきます。
是非、シャブロルの素晴らしさを堪能していただき、周りのお友達にも広めてください。
上映後は、わたしの方でいつものようにトークを担当させていただきます。
今回もまた、DVDによる参考上映付き。
どうぞ、よろしくお願いします。
詳細は、以下のサイトもチェックしてください。
http://www.institut.jp/ja/evenements/9786
20010年06月12日(土) 18時00分-21時00分
会員 : 600円
一般 : 1,200円
芸大生:無料
場所 : 東京藝術大学(横浜・馬車道校舎)大視聴覚室
お問い合わせ
横浜日仏学院(045-201-1514)
『まっぷたつの少女』La fille coupee en deux
(フランス=ドイツ/2007年/115分/DVD/カラー/英語字幕付き)
監督・脚本:クロード・シャブロル
出演:リュディヴィーヌ・サニエ、ブノワ・マジメル
テレビ局のお天気キャスターのガブリエルは、著名な初老の小説家シャルルと不倫の恋に落ちる。一方、彼女に言い寄ってくる大富豪の息子ポールがいて…。
上映後、大寺眞輔による講演あり。
Author: 工藤鑑
早稲田大学文化構想学部在籍中、文芸批評専攻。 [Lehrstucke]の主宰というか、運営をしています。ところどころで映画批評を書いています。 映画批評サイト[flowerwild]に
『パイレーツ・ロック』論を寄稿させていただきました。
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6月
8
2010
kudokan
伊豆フォトミュージアムで開催中の「時の宙づり 生・写真・死」展を見てきました。
最寄りの静岡県三島駅までは東京から約二時間なので、日帰りで遊びに行くにはちょうどいい距離です。
三島駅から無料シャトルバスで20分ほどの、「クレマチスの丘」と名付けられた一帯に、伊豆フォトミュージアムはありました。
「クレマチスの丘」は山の裾野に近く、美術館やレストランが集まっていて、一日ぶらぶらと散策できそうです。
展示は、最近日本でも翻訳が出始めた写真史家のジェフリー・バッチェンのキュレーションによる、ヴァナキュラー写真のコレクションでした。
ヴァナキュラー写真というのは、写真家が撮ったプロの(従来の美術や写真論の文脈で取りあげられるような)写真ではなく、家族の記念写真やスナップ写真、遺影といった、普通の、しかしその写真が撮られた土地や文化に固有の写真のことを指します。(身近な例では、プリクラやチェキなんかもヴァナキュラー写真と言えます。)
この展示がとても面白かった。
鏡に映り込んだ幻のような銀板写真(ダゲレオタイプ)、写真の周りに花が飾ってあったり、髪の毛が巻いてあったりするハイブリッド写真、メキシコのフォトエスクルトゥーラ(写真を組み込んだ彫刻飾り)など、なぜかどれも見ていて興奮を禁じ得なかったのですが、その興奮が頂点に達したのは、展示室内から中庭の見える通路を通り抜けて足を踏み入れた、最後の展示室においてでした。
そこには、スナップ写真がランダムな配置で飾ってありました。どれも、ただのスナップ写真です。しかし、ただのスナップ写真というだけではなく、そこに飾ってあるすべてが、撮影者の影が映り込んだスナップ写真だったのです。
日本のものもあれば、アメリカと思しき海外のものもあり、白黒からカラーまで、撮られた時代もばらばらなら、着ているものや映っているものも異なる写真たち。しかし、カメラに向ける表情には奇妙に統一感がある。
そして何より、撮影者の影。写真には通常映らないはずの撮影者が映っていることが、写真のフレーム外を強烈に想像させる。どういうタイミングでこの写真は撮られ、どうして被写体はこのポーズなのか。撮影者との関係はどんなで、撮る前にどのようなやり取りがなされたのか。ここに流れていた/いる時間はどんなものか。
この想像は、ロラン・バルト以降、死の感覚と結びつけて論じられることが多かった写真に、奇妙な生命を取り戻す気がします。言うなれば、心霊写真のような。生きているとも、死んでいるとも言い難いこの状態を、この展示量で見るという経験は、かなり面白かった。
実際、公式カタログ所収のバッチェンによる「生と死」という論文によれば、バッチェンの今回のキュレーションを通じたヴァナキュラー写真への取り組みは、「バルトの教えを複雑化すること」を目指しているそうです。
杉本博司設計の建物と展示もすごく合っていたし、なにより写真を飾っている額がすごく良い。(額や展示形態に気を配るのはデュシャン以降の常識だと思うのですが、地中海美術館などいくつかの私立の美術館を除けば未だに、ごちゃっとした、金持ちの趣味っぽい額をよく見かけます……。)
伊豆フォトミュージアム、大満足でした。
http://www.izuphoto-museum.jp/index.html
Author: 工藤鑑
早稲田大学文化構想学部在籍中、文芸批評専攻。 [Lehrstucke]の主宰というか、運営をしています。ところどころで映画批評を書いています。 映画批評サイト[flowerwild]に
『パイレーツ・ロック』論を寄稿させていただきました。
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6月
7
2010
kudokan
まだまだ開催中の爆音映画祭、私は先週何回か足を運びました。
映画を爆音で上映することについていろいろな議論もあるようですが、私としては単純に数年前のハリウッド映画が映画館で見られるというだけでも貴重な機会なんじゃないかと思ったりします。
ところで、昼食をとっていたバウスシアター近くのアジア料理屋で店員さんと話していて、爆音映画祭に行ってるんです、みたいな話をしたら、「あ、爆音映画祭ですか……(ちょっと不安そうな顔)あれって、聴覚の限界への挑戦っていうか、本当に相当の爆音なんですよね?途中退席する人も結構いるらしいじゃないですか。耳は大丈夫なんですか?」と本気で心配されました。
鈴木くん、どうやら爆音映画祭は常軌を逸した我慢比べイヴェントか何かだと思われてるらしいです、近隣住民から(笑)!すかさずフォローしておきましたけれど!でも、そういう、訳が分からないけど訳が分からないなりに関心を集めているイヴェントって今や貴重だよな、と感心しました。
さて、爆音映画祭で見た作品についてざっと感想らしきものを。
まずは、スクリーンで見る『ビッグフィッシュ』、『宇宙戦争』、素晴らしかったです。
トライポッド登場の重く低い効果音の振動は強烈な体験でした。この音だけでもそりゃ人類滅びるわ、と心の底から納得できます。
一方、『彼方からの手紙』は、面白い映画だと思うのですが、爆音だからといって以前に通常の上映で見たとき以上の楽しさは私には見出せませんでした……。とはいえもちろん、とりわけ「雪」中ダンスなど、存分に堪能させていただきました。
あと、『ビッグフィッシュ』は「(遠回りをして)父を葬ること」、『宇宙戦争』は「(遠回りをして)父親に返り咲くこと」、『彼方からの手紙』は「(遠回りをして)父になること」の映画でした。たぶん。
そのようなテーマを映画の題材として描くという時点でテーマに対するアプローチとして何らかの〈遠回り〉をしようとしているのは当然とも言えるわけですが、しかしこの〈遠回り〉って映画を見るという経験の原理的なところとも共鳴している部分がある気がしています。
『スローターハウス5』もかなり良かったですね。主人公の妻がパニクって事故起こすところとか。音楽グレン・グールドだそうですへー。
『ポーラX』。冒頭にあんな映像があったこと、すっかり忘れていました。中華料理屋でアジア系のおっさんがカラオケを歌うところ、良かったです。
『ジャン・ブリカールの道程』と『JLG/自画像』は、史上最強に先鋭的な癒し系映画二本立て、と名付けたいですね(もし誰かに殺されずに済むならば)。延々と映され続ける、船から見た林の映像と、田園風景。あるいは、ポンポンのついたニット帽をかぶり、カジュアルな服装でテニスをするゴダール……。ハードコアな視聴覚的試みとお茶目さがこれほど接近しているのはどういうことなのでしょうか。
『The Anchorage 投錨地』は裸も良いけど水着姿も逆に良いよね、……とかいう話では一切なく、終盤近くまで淡々と日記風に綴られていきます。しかし、主人公の女性がトイレに腰掛けて何やら悩み始めた辺りで僅かに調子が変わる予感がし始め、最後水着で観客が驚く、みたいな構成になっていて、なかなか面白かったです。
なんだかんだで入り浸ってしまうのが爆音ですが、今年は『暴走パニック』見逃したのがかなり心残り!
誰か見てたらどんなだったか、渡瀬恒彦のショットガンはどう火を噴き、どう車を横転させたのか、ぜひ聞かせて下さい!
それでは~。
Author: 工藤鑑
早稲田大学文化構想学部在籍中、文芸批評専攻。 [Lehrstucke]の主宰というか、運営をしています。ところどころで映画批評を書いています。 映画批評サイト[flowerwild]に
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